梅毒はトレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum)というスピロヘータによってひき起こされる性感染症です。この病気は長い歴史を持ち、古くから様々な社会的影響を及ぼしてきました。しかし、現代においても診断の難しさが依然として課題となっています。
梅毒は国内外問わず急増しています。ちなみに2023年の国内報告件数は1万5,089件と過去最多となっており、外来で遭遇する機会も多くなっているかと思います。
(政府広報オンラインHPより)
梅毒診断の難しさ
梅毒の診断が難しい理由は、まず症状が多彩であること。”great imitator(模倣の達人)”とも言われるほどです。そしてもう一つは、トレポネーマが培養できないため診断が血清反応検査に依存するという点です。通常、細菌感染症の診断では病原体の培養が行われますが、トレポネーマは非常に特殊な環境でしか生存できないため、通常の培養方法が適用できません。
そして、この血清反応の解釈で臨床医は悩まされます。
梅毒検査の結果解釈に関する感染症科へのコンサルトも多いですね。
症状
梅毒の潜伏期間は1〜13週間です。症状発現の目安の時期は、早期梅毒1期(局所の症状:潰瘍病変など)であればだいたい最終性行為後(潜伏期間)10日から90日、早期梅毒2期(全身の症状:発疹など)は性行為後1〜12ヶ月となります。潜伏期間は、ざっくりと1期は3週間、2期は3ヶ月くらいで覚えると良いと思います。いずれの症状も数週間から数ヶ月で自然軽快し潜伏期梅毒となります。潜伏期梅毒は感染から1年以内を早期潜伏期梅毒、1年以上を後期潜伏期梅毒と分類します。後期潜伏期梅毒から数年から数十年経過しゴムのような腫瘤が皮膚や筋肉などに現れるゴム腫や大動脈瘤などの心血管梅毒などの梅毒3期に至ります。抗菌薬が何らかの形で投与されていることも多く梅毒3期に至るのは稀です。
トレポネーマ抗体と非トレポネーマ抗体
血清反応検査には、トレポネーマ抗体検査(TPHAやFTA-ABS)と非トレポネーマ抗体検査(RPRやVDRL)の二種類があります。
TPHA(Treponema Pallidum Hemagglutination Assay)やFTA-ABS(Fluorescent Treponemal Antibody Absorption)といったトレポネーマ抗体検査は、梅毒特異的な抗体を検出します。一方、RPR(Rapid Plasma Reagin)やVDRL(Venereal Disease Research Laboratory)といった非トレポネーマ抗体検査は、リン脂質(カルジオリピン・レシチン)に対する抗体ですが、梅毒以外の疾患でも陽性になる可能性があります。
トレポネーマ抗体検査は複数ありますが、トレポネーマのTが検査名に入っているのがトレポネーマ抗体で、リアゲンのRが入っているのが非トレポネーマ抗体と覚えておくといいでしょう。
トレポネーマ抗体と非トレポネーマ抗体検査には、定性と定量があります。本来は定量検査を実施するのが望ましいですが、2024年6月現在保険診療ではいきなり定量検査することはできず、まず非トレポネーマ抗体とトレポネーマ抗体の定性検査が行う必要があります。
結果の組み合わせは4パターンですが、実際にはどのパターンでも梅毒に感染している可能性があります。検査はあくまで一つの判断材料でしかなく、きちんと病歴や症状を確認して、総合的に判断することが重要です。
- 最終性行為の時期(これについては患者さんは本当のことを言ってくれないこともあります)
- 梅毒の罹患歴
- 梅毒の治療歴
- 症状の有無
”梅毒になったことがありますか?”と聞いても、(罹患していても)検査したことがないこともありますので、私は、”過去に梅毒の検査をしたことがありますか?”と聞くようにしています。
検査のタイミングも重要で、疑わしい性行為から約1ヶ月はあけることが望まれます。
梅毒血清反応結果の解釈
RPR | TP | 結果の解釈 |
+ | + | ・梅毒(感染後時間が経つとRPRが自然に低下することもある) ・serofast(治療後だがRPR低値で陽性) |
+ | – | ・梅毒の初期 ・生物学的偽陽性 |
– | + | ・梅毒の超初期 ・Prozone現象 ・梅毒の治癒後(既往) ・(まれ)トレポネーマ抗体の偽陽性 |
– | – | ・梅毒ではない ・梅毒の超早期 |
・近年自動化法が用いられるようになり、感染早期に(非トレポネーマ検査陰性で)トレポネーマ抗体が陽性となることがあります。
・非トレポネーマ抗体検査(RPR)は、偽陽性も偽陰性もおきえます。偽陽性の代表的なものは、生物学的偽陽性で、梅毒感染がないにも関わらず脂質抗原に対する共通の抗体が産生される現象です(高齢者、妊婦、SLEなどの自己免疫疾患患者など)。また偽陰性の代表的なものは、Prozone(プロゾーン)現象です。これは、RPR法にて抗体価が異常に高い時に、抗原抗体複合体形成を阻害し陰性となってしまう現象です。特に活動性が高い梅毒の際にみられ、もしProzone現象が疑われたときは検査室に希釈を依頼します。
・トレポネーマ抗体は、特異度が高く陽性である場合は梅毒感染を意味します。ただし、一度罹患すると(治療しても)生涯にわたって陽性を示すため、感染が現在なのか過去のものか区別することはできません。
・非トレポネーマ抗体検査(RPR)は、治療後に抗体価が低下するために治療効果の判定に使用されます(基本的には陰性化)。日本性感染症学会のガイドラインでは、治療後RPRが自動化法にて治療開始前の1/2以下、倍数希釈法では1/4以下になれば治癒と判定します。
・治療により非トレポネーマ抗体(RPR)の値が低下するものの、その程度が低力価(一般的には4未満)で陽性が続くことがありserofastと呼ばれます。これは梅毒感染後1年以上経過してから治療した人や複数回梅毒感染歴のある方によく見られます。
無症状だが梅毒血清反応が陽性のとき
臨床でしばしば遭遇するのは、無症状だが術前のスクリーニング検査などにRPRやTPLAが含まれており陽性になるパターンです。特に高齢者でみられます。
高齢者では、生物学的偽陽性となることがしばしばあります。定性で陽性となれば、まず定量検査を行いますが、多くの場合はRPRは低値で、過去の既往を示すことがほとんどです。
数十年性行為はなく、非トレポネーマ抗体(RPR)陽性(定量で低値: 多くは1桁)かつトレポネーマ抗体陽性だけれども治療した記憶がない(検査した記憶もない)という状況の場合、そもそも感染性はほとんどありません。また、梅毒3期を懸念するかもしれませんが、患者の3分の2までは生涯潜伏し、梅毒3期に進展することはない(CDC Laboratory Recommendations for Syphilis Testing, United States, 2024)と言われており、数十年無症状できた高齢者ではこれからに梅毒3期に進展する可能性も限りなく低いものと思われますので、ほとんどの場合治療は不要と考えます。
ただし、高齢者の梅毒も少なくなく性行為については問診が必要です。高齢者の性については、様々なところで取り上げられていますし、数年前”茶飲友達”という高齢者の性を題材にした映画もありました。
最後に
日本では近年梅毒の報告数が増加しており、正確な診断と早期治療が求められています。梅毒の診断には、培養が困難であることから血清反応検査が重要な役割を果たします。しかしながら梅毒の診断は、血清反応検査だけでなく、病歴や症状から総合的に判断することが重要であることは言うまでもありません。
CDC Laboratory Recommendations for Syphilis Testing, United States, 2024. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/73/rr/rr7301a1.htm
梅毒とは(国立感染症研究所所) https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ha/syphilis/392-encyclopedia/465-syphilis-info.html
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