日本における梅毒の治療

感染症

前回梅毒の血液検査の結果の解釈についてまとめました(https://infectioninsights.blog/syphilis_test/)。

今回は梅毒の治療について書いてみたいと思います(神経梅毒の治療については触れません)。また日本における梅毒治療の経緯についても触れてみたいと思います。

梅毒の治療(神経梅毒は除く)は下記のとおりです。

第一選択

早期梅毒(感染後1年以内):ベンジルペニシリンベンザチン240万単位 筋注 単回投与

後期梅毒(感染後1年以上):ベンジルペニシリンベンザチン240万単位 筋注 週1回投与を計3回

第二選択薬

アモキシシリン1回500mg 1日3回 4週間 経口投与

第三選択薬

ミノサイクリン 1回100mg 1日2回 4週間 経口投与

*妊婦には投与しないこと

ベンジルペニシリンベンザチン筋注製剤(商品名:ステルイズ)は、特に早期梅毒では診断時に目の前で治療ができるため、アドヒアランスの面でも優れています。ただし、液量が多いのと痛い(18G!の針で筋注です)ので患者さんには十分説明が必要です。

投与方法については、しらかば診療所のこの動画がわかりやすいです。


日本では、世界で梅毒の標準治療となっているペンザチンペニシリン筋注製剤が、2021年に承認されるまで使用できませんでした。そのためそれまでは内服薬で治療せざるを得ませんでした。

経口ペニシリン系抗菌薬の投与量については定まっていません。おそらく日本で行われているプラクティスは、アモキシシリン通常量(1500mg/日)もしくはアモキシシン高用量(2000〜3000mg/日)(+プロベネシド)かと思います。

2008年に出された日本性感染症学会から出された性感染症診断・治療ガイドライン2008にはアモキシシリン1回500mg1日3回4週間ということが明記されていますが、その根拠については触れられていません。また日本性感染症学会から出された最新のもの(2024年3月)は、”梅毒診療の考え方(https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/syphilis_240404.pdf)”と名称が変わっていますが、用量用法については変更がありません。臨床効果については、2018年に都立駒込病院から池内先生らが、感染症学会誌に梅毒患者(約8割がHIV患者)にアモキシシリン1500mg/日投与した後方視的研究を報告しています(感染症学会雑誌2018;92:358)。RPRが診断後一年以内に1/4以下になるというアウトカムで、成功率は全患者で95.2%、早期梅毒では97.8%、後期梅毒では88.2%でした

アモキシシリン1g1日3回+プロベネシドという高用量に関しては、今や感染症診療のバイブルとなっている2000年初頭に発売された青木眞先生の「レジデントのための感染症診療マニュアル(https://amzn.to/3RZzGHc)」に記載されたことによって広まりました。これは、青木先生の本にも書いてありますが、過去に神経梅毒の治療に対して高用量のアモキシシリンにプロベネシドを併用すると治療成績(RPRの抗体価が1/4に低下)がよかったというデータに由来しています(Oral amoxicillin, alternative treatment for neurosyphilis. Genitourin Med 1985;61:359.)。つまり神経梅毒に効くのだから通常の梅毒の治療としても使えるだろうという理屈です。これに関しては、国立国際医療研究センターから谷崎先生らが、後方視的研究で、HIV患者を対象に梅毒罹患時にアモキシシリン3g+プロベネシドを早期梅毒には2週間、後期梅毒には4週間投与した治療成績について報告しています。これによると治療成功をRPRが診断時の1/4以下として、全体的な治療成功率は95.5%、早期梅毒93.8%、梅毒2期97.3%、早期潜伏期梅毒100%、後期潜伏期梅毒85.7%となっています。

High-Dose Oral Amoxicillin Plus Probenecid Is Highly Effective for Syphilis in Patients With HIV Infection. Clin Infect Dis 2015;61:177. PMID:25829004

そして昨年HIV患者に対するこれら2つの治療法のRCTが日本から報告されました。国立国際医療研究センターから安藤先生らの報告です。

アモキシシリン3000mg+プロベネシド(A+P群) vs アモキシシリン1500mg(A群)で、それぞれ56名ずつ、アウトカムは血清学的な改善割合(12ヶ月以内にRPRが診断時の1/4以下もしくは陰性化した割合)です

結果は、全体での治療成功割合は、A+P群 94.4%、A群90.6%、(p=0.45)、早期梅毒ではA+P群 97.9%、A群93.5%、(p=0.30)、後期梅毒では両群とも71.4%でした。A群はA+P群に対して非劣性を示せませんでした。

A群は比較的高い治癒率を示していますが、A+P群には劣る可能性があることを示しています。治療の安全性は両群で同等で、重大な副作用は報告されていません。

HIV患者が対象であることと、サンプルサイズが小さいということには注意が必要です。

Combination of Amoxicillin 3000 mg and Probenecid Versus 1500 mg Amoxicillin Monotherapy for Treating Syphilis in Patients With Human Immunodeficiency Virus: An Open-Label, Randomized, Controlled, Non-Inferiority Trial. Clin Infect Dis 2023;77:779. PMID: 37157863

Dr. MON
Dr. MON

非HIV患者でのアモキシシリン通常量と高用量のRCTが待たれますが、現時点で私はペンザチンペニシリン筋注製剤が使用できない時は、非HIV患者さんではアモキシシリン通常量、HIV患者さんでは高用量で治療しています。

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