抗菌薬の皮下投与の最新エビデンス

ジャーナルクラブ

今回は、抗菌薬の皮下投与に関するレビューをまとめてみたいと思います。

参考文献は、2022年Journal of Antimicrobial Chemotherapyに掲載された「Subcutaneously administered antibiotics: a review」という論文です。この皮下経路の利点、課題について解説していきます。

なぜ今、抗菌薬の皮下投与なのか?

代表的な抗菌薬の投与方法は、経口もしくは静脈内注射(点滴)です。経口投与は吸収率(bioavailability)が低かったり、経口投与が困難な場合もしばしばあるため、特に入院を要する急性期の病態では静脈内注射が一般的な投与方法となっています。しかし、静脈内注射には以下のような問題点があります:

  • カテーテル関連血流感染症 (CRBSI)のリスク
  • 静脈確保が困難な患者(高齢者、小児、末期患者など)への対応
  • 長期の入院による医療コストの増加
  • 在宅医療への移行の障壁

これらの問題を解決する方法として、抗菌薬の皮下投与が注目されています。

皮下投与の利点

抗菌薬の皮下投与には以下のような利点があります:

a) 感染リスクの低減:
CRBSIの発生率は、2.7件/1000カテーテル・日と報告されていますが、皮下投与ではこのリスクを大幅に低減できる可能性があります。

b) 投与の簡便さ:
静脈確保が困難な患者でも、比較的容易に投与できます。

c) 在宅医療への適用:
皮下投与は在宅での継続が容易であり、入院期間の短縮につながる可能性があります。

d) 患者の快適性:
複数の研究で、患者は皮下投与を好む傾向があることが示されています。

皮下投与のエビデンスのある抗菌薬

すべての抗菌薬が皮下投与に適しているわけではありません。現在、エビデンスが確立されている主な抗菌薬は以下の通りです:

a) セフトリアキソン:
複数の研究で、皮下投与と静脈内注射で同等の有効性が示されています。上気道感染、骨関節感染、尿路感染などに使用されています。

b) テイコプラニン:
主にMRSAによる骨関節感染の治療に使用されています。皮下投与でも十分な血中濃度が得られることが確認されています。

c) エルタペネム(2024年9月時点で日本では使用できません):
ESBL産生菌による尿路感染症などの治療に有効です。長期投与でも忍容性が良好です。

これらの抗菌薬は、いずれも時間依存性の抗菌薬であり、皮下投与に適しています。

抗菌薬投与量適応注意点
セフトリアキソン1回1g24時間毎呼吸器感染症、尿路感染症、骨関節感染症、腸管感染症・神経学的所見(意識障害、運動障害)
テイコプラニンはじめの48時間は1回6-12mg/kg12時間毎を3回(0, 12, 24時間)、その後1回6-12mg/kg 24時間毎骨関節感染症、感染性心内膜炎、黄色ブドウ球菌感染症・腎機能障害
・低栄養や腎障害があれば、TDMを行う
エルタペネム1回1g24時間毎呼吸器感染症、尿路感染症、骨関節感染症、腸管感染症・神経学的所見(意識障害、運動障害)

皮下投与に適さない抗菌薬

一方で、皮下投与に適さない抗菌薬もあり、その代表的なものはアミノグリコシド系抗菌薬(ゲンタマイシン、アミカシンなど)です。アミノグリコシドの皮下投与は、皮膚壊死のリスクが高く、また最高血中濃度(Cmax)が低下するため、皮下投与は推奨されません。

皮下投与にはさらなる検討が必要な抗菌薬

以下の抗菌薬については、皮下投与の報告はありますが、有効性と安全性の確立にはさらなる研究が必要です:

  • アンピシリン
  • セフタジジム
  • セフェピム
  • ピペラシリン/タゾバクタム
  • メトロニダゾール
  • ホスホマイシン

これらの抗菌薬については、小規模な研究や症例報告のみであり、大規模な臨床試験が待たれます。

おそらく比較的安全に皮下投与が可能

抗菌薬投与量適応注意点
セフタジジム1回1-2g8時間毎呼吸器感染症、尿路感染症、骨関節感染症・腎機能障害
・神経障害

副作用とその対策

皮下投与による主な副作用は、注射部位の浮腫、発赤、頭痛などの局所反応です。これらの副作用は通常軽度であり、以下の対策で軽減できます:

a) 注射部位のローテーション:
72〜96時間ごとに注射部位を変更します。

b) 適切なカテーテルの使用:
20G〜27Gの非剛性カテーテルを使用します。金属針や剛性カテーテルは局所反応のリスクを高めます。

c) 適切な希釈:
0.9%生理食塩水で希釈します。ブドウ糖溶液は局所反応のリスクを高める可能性があります。

d) 緩徐に投与:
30分以上かけてゆっくり投与することで、局所反応のリスクを低減できます。

重要な点として、皮下投与による重篤な全身性副作用や菌血症の報告はありません。これは、静脈内投与と比較して大きな利点と言えるでしょう。

薬物動態学的

皮下投与の薬物動態には、以下のような特徴があります:

  • 最高血中濃度(Cmax)の低下
  • 最高血中濃度到達時間(Tmax)の遅延
  • AUC(血中濃度-時間曲線下面積)は静脈内投与と同等

時間依存性抗菌薬(β-ラクタム系など)では、最小発育阻止濃度(MIC)以上の濃度を維持する時間(T>MIC)が重要です。皮下投与でもこの条件を満たすことができるため、有効性は静脈内投与と同等と考えられています。

一方、濃度依存性抗菌薬(アミノグリコシド系など)では、Cmaxの低下が問題となる可能性があります。

治療薬物モニタリング(TDM)の重要性

以下のような患者群では、TDMが特に重要となります:

  • 高齢者
  • 肥満患者
  • 重症感染症患者
  • 腎機能低下患者

特にテイコプラニンでは、TDMが推奨されています。軽度の感染症では10-15 mg/L、重症または深部感染症では15-30 mg/Lの血中トラフ濃度が目標とされます。

β-ラクタム系抗菌薬のTDMは、通常は重症患者のみで推奨されますが、皮下投与の場合は神経毒性(けいれん、ミオクローヌス、意識障害など)のリスクモニタリングのために考慮される場合があります。

今後の展望と課題

抗菌薬の皮下投与は、特定の状況下で非常に有用な選択肢となる可能性があります。しかし、以下のような課題も残されています:

    a) エビデンスの拡充:
    より多くの抗生物質について、大規模な無作為化比較試験が必要です。

    b) 適応の明確化:
    どのような患者群、感染症に最も適しているかを明確にする必要があります。

    c) 投与プロトコルの標準化:
    希釈方法、投与速度、注射部位のローテーションなどについて、標準的なプロトコルを確立する必要があります。

    d) 薬事承認の問題:
    多くの国で、抗生物質の皮下投与は適応外使用となっています。薬事承認を得るためのエビデンス構築が必要です。

    e) 医療従事者の教育:
    皮下投与の適切な技術や管理方法について、医療従事者への教育が重要です。

    さいごに

    抗菌薬の皮下投与は、特に、高齢者や在宅医療の患者にとって、大きな恩恵をもたらす可能性があります。しかし、その使用には慎重な判断と適切な管理が必要です。また、この新しい投与経路についての知識を深め、適切な症例に対して積極的に検討していく必要があります。同時に、さらなる研究や臨床試験に参加し、エビデンスの構築に貢献することも重要です。

    Jumpertz M, Guilhaumou R, Million M, Parola P, Lagier JC, Brouqui P, Cassir N. Subcutaneously administered antibiotics: a review. J Antimicrob Chemother. 2022 Dec 23;78(1):1-7. doi: 10.1093/jac/dkac383. PMID: 36374566.

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