米国感染症学会のフラッグシップジャーナルであるClinical Infectious Diseasesに、2024年10月に開催されたID Weekの演題の中から注目すべき研究のまとめ記事が掲載されています。本ブログ記事はその論文の概要をわかりやすく日本語にしたものになります。
新しい抗菌薬
Gepotidacin: 尿路感染症に対する画期的な新薬が登場しようとしています。ゲポチダシン(gepotidacin)という新しい抗菌薬が、第3相臨床試験(EAGLE-2試験とEAGLE-3試験)で良好な結果を示しました。この薬は、従来の抗菌薬とは全く異なる機序で、細菌のDNA複製を阻害する新しいタイプの経口抗菌薬です。ゲポチダシンがニトロフラントイン(日本にはなく、海外で尿路感染症に対してよく用いられる経口抗菌薬)との比較試験において、非劣性を示しました。臨床的な治療成功率は両群で同等でしたが、細菌学的な治療効果ではゲポチダシンが優れた結果を示しました。
Pivmecillinam: 既存の経口βラクタム薬であるピブメシリナムが、合併症のない尿路感染症に対し2024年春にアメリカでの使用が承認されました。この薬剤は数十年にわたる海外での使用実績があり、最も重要な特徴は耐性菌の発生が極めて少ないことです
Cefepime/taniborbactam: 複雑性尿路感染症の治療においても進展がありました。セフェピム-タニボルバクタムが、従来のメロペネムと比較して優れた効果を示しました(CERTAIN-1 trial)。特に、基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)産生菌やカルバペネム耐性菌による感染症に対する新たな治療選択肢として期待されています。
Ridinilazole: クロストリジオイデス・ディフィシル感染症(CDI)に対しては、リジニラゾールという新薬の治験結果が報告されました(Ri-CoDIFy 1 and 2)。この薬剤の最大の特徴は、腸内の正常な細菌叢を保ちながら、CDIの原因菌のみを標的とする点です。再発率がバンコマイシンと比べて大幅に低下したことが報告されています。
梅毒に対するLinezolid: 新規抗菌薬ではありませんが、抗MRSA薬であるリネゾリドが早期梅毒に対する治療効果があることを示しました(in vitro と動物モデルにて)(Trep-AB)。
感染予防のアプローチ
人工呼吸器関連肺炎(VAP): VAPの予防に関する2つの重要な研究が発表されました。フランスのICUで実施された吸入アミカシンの予防投与試験(AMIKINHAL試験)では、VAPの発症率は有意に低下しましたが、抗菌薬使用量や死亡率には影響がありませんでした。一方、急性脳障害患者を対象としたPROPHY-VAP試験では、セフトリアキソンの単回投与が、VAPの予防に著効を示しただけでなく、人工呼吸器使用期間や入院期間の短縮、さらには28日生存率の改善にも効果があることが実証されました。
人工関節感染症(PJI): メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の保菌率が1%未満の患者群では、セファゾリンにバンコマイシンを追加することの予防効果は認められませんでした。
再発生尿路感染症:再発性尿路感染症の予防において、特に膣用プロバイオティクス製剤の有効性が実証されました。12ヶ月の追跡期間中、症状を伴う尿路感染症の発症率が有意に低下し、抗菌薬使用の削減にも貢献することが示されました。
新興・再興感染症の最新動向と対策
デング熱: デング熱の症例数が2023年末から世界的に急増しており、特に南北アメリカ地域では前年比約3倍の症例が報告されています。アメリカ本土では主に渡航関連例が増加していますが、プエルトリコなどでは地域内感染も増加しています。
麻疹:麻疹も世界的な再興傾向にあり、2024年にはアメリカで275例以上が報告されました。その特徴として、感染者の3分の2が小児で、約半数が入院を必要としました。この背景には、世界的な予防接種率の低下があり、特に国際旅行者を介した感染拡大が懸念されています。
M痘(mpox):mpoxに関しては、コンゴ民主共和国で発生したクレードIb株による流行が、2024年8月にWHOによる国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)の宣言につながりました。クレードI株は、2022年の世界的流行の原因となったクレードII株と比較して、感染力が強く、性的接触以外の経路での感染も多いことが特徴です。
鳥インフルエンザH5N1: 最も警戒すべき動向は、高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)の状況です。2024年3月以降、アメリカの酪農場で感染が拡大し、17州で900例以上の家畜感染例が確認されました。さらに重要な点として、66例の人への感染が報告され、特にミシガン州とコロラド州の酪農作業従事者の7%にH5型インフルエンザ感染の血清学的証拠が見つかっています。このような状況から、H5N1の哺乳類間での伝播能力獲得やパンデミックの可能性について、専門家の間で懸念が高まっています。特に、家禽類や乳牛との接触機会の多い職業従事者に対する監視体制の強化が重要とされています。
この記事はCIDに掲載された記事をもとに作成しています。詳細な内容については本論文もご参照いただければと思います。
What’s Hot This Year in ID Clinical Science. Clin Infect Dis. 2025 Feb 1:ciaf037. doi: 10.1093/cid/ciaf037. Epub ahead of print. PMID: 39891904.
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