ドキシサイクリンによる性感染症予防(Doxy PEP):最新エビデンス-メタ解析2024

ジャーナルクラブ

近年、性感染症(STI)の予防法として、ドキシサイクリンの曝露後予防(PEP)が注目を集めています(ただし日本では2024年8月現在保険適応ではないことに注意)。特にMSM(男性間性交渉者)やトランスジェンダー女性において、その有効性が複数の研究で示されています。今回は、この新たな予防戦略についてのメタ解析[1]が出ましたのでご紹介します。

ドキシサイクリンPEP(Doxy PEP)とは?

ドキシサイクリンによるPEPとは、コンドームを使用しないセックスの後72時間以内に200mgのドキシサイクリンを1回服用する方法です。これは、HIV感染予防のPEP(曝露後予防)や PrEP(曝露前予防)の概念を細菌性STIの予防に応用したものといえます。

全体的なSTI発生率の低下

今回ののMSMとトランスジェンダー女性を対象とした研究では、Doxy PEPにより全体的なSTI発生率が60%減少しました(RR 0.40, 95%CI: 0.28-0.57)。これは非常に高い予防効果といえます。

各性感染症に対する効果

  1. クラミジア: 81%の減少(RR 0.19, 95%CI: 0.08-0.44)
  2. 梅毒: 77%の減少(RR 0.23, 95%CI: 0.14-0.36)
  3. 淋菌: 45%の減少(RR 0.55, 95%CI: 0.34-0.87)

特に梅毒とクラミジアに対して顕著な効果が認められました。梅毒は近年MSM間で急増しており、この予防効果は公衆衛生学的に非常に重要です。

安全性

今回のメタ解析の対象となった研究では重篤な有害事象は報告されませんでした。最も多く見られた副作用は、軽度の消化器症状でした。長期使用の安全性に関するメタ解析でも、ドキシサイクリンは軽微な副作用のみで安全に使用できることが示されています[3]。

薬剤耐性への懸念

Doxy PEPの広範な使用に対する最大の懸念は、薬剤耐性菌の出現です。現時点では、クラミジアや梅毒のテトラサイクリン耐性は確認されていません[4]。一方、淋菌では既にテトラサイクリン耐性株が存在し、地域によって大きく異なります。

  • アメリカ:約20%[5]
  • フランス:約56%[6]
  • ケニア:96%[7]

このため、淋菌に対する効果は地域の耐性率に大きく依存すると考えられます。

Dr. MON
Dr. MON

国内のデータは本論文には載っていませんが、国内2019年の調査では淋菌の約8割がテトラサイクリン耐性と報告されています(https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202019006A-buntan.pdf

また、腸内細菌叢やブドウ球菌などの常在菌への影響も懸念されています。Luetkemeyerらの研究では、Doxy PEP使用群で黄色ブドウ球菌のテトラサイクリン耐性率がわずかに上昇しました[8]。しかし、他の抗菌薬に対する交差耐性は確認されていません[9]。

一方で、STI発生率の低下により治療目的の抗菌薬使用が減少するため、全体としての耐性菌出現リスクは相殺される可能性もあります。現時点では、Doxy-PEPによる重大な耐性菌出現のエビデンスはありませんが、今後の慎重なモニタリングが必要です。

臨床応用と今後の課題

これらのエビデンスを踏まえ、2024年6月にCDCは以下のようなガイドラインを発表しました[10]:

  1. 過去12ヶ月間に1回以上の細菌性STIの既往がある高リスクのMSMおよびトランスジェンダー女性に対し、Doxy PEPについて説明し、患者同意を得た上で提供を検討する。
  2. コンドームなしの性交(口腔、膣、肛門)後72時間以内の服用を推奨する。

ただし、以下の点に注意が必要です:

  • 地域の淋菌のテトラサイクリン耐性率を考慮する必要がある
  • コンドーム使用や定期的なSTI検査などの他の予防法も併せて強調すべき
  • シスジェンダー女性に対する有効性は現時点で確立していない

また、今後の研究課題として以下が挙げられます:

  1. 長期的な薬剤耐性への影響
  2. シスジェンダー女性や異性間性交渉者での有効性
  3. ドキシサイクリンPrEP(毎日服用)の有効性と安全性

まとめ

Doxy PEPは、特にMSMやトランスジェンダー女性における梅毒やクラミジア感染症の予防に高い有効性を示しています。安全性も確認されていますが、薬剤耐性への影響については慎重なモニタリングが必要です。

高リスク集団に対する新たな予防オプションとして期待される一方で、従来の予防法と組み合わせた包括的なアプローチが重要です。また、個々の患者の状況や地域の疫学を考慮し、十分な説明と共同意思決定のもとで使用を検討する必要があります。

今後のさらなる研究により、より幅広い対象での有効性や長期的な影響が明らかになることが期待されます。性感染症予防の新たな選択肢として、Doxy PEPの動向に注目していく必要があるでしょう。


文献:

[1] Szondy I, et al. Doxycycline prophylaxis for the prevention of sexually transmitted infections: a systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials. Int J Infect Dis. 2024. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39122208/

[2] Zheng Y, et al. Global burden and trends of sexually transmitted infections from 1990 to 2019: an observational trend study. Lancet Infect Dis. 2022;22(4):541-551.
PMID: 34774235

[3] Chan PA, et al. Safety of Longer-Term Doxycycline Use: A Systematic Review and Meta-Analysis With Implications for Bacterial Sexually Transmitted Infection Chemoprophylaxis. Sex Transm Dis. 2023;50(11):701-712.
PMID: 37320261

[4] Kong FYS, et al. Important considerations regarding the widespread use of doxycycline chemoprophylaxis against sexually transmitted infections. J Antimicrob Chemother. 2023;78(7):1561-1568.
PMID: 37088475

[5] US Centers for Disease Control and Prevention. Sexually Transmitted Infections Surveillance, 2022. 2022.
https://www.cdc.gov/std/statistics/2022/default.htm#:~:text=Overall%2C%20in%202022%2C%20more%20than,in%20the%20past%20five%20years.

[6] La Ruche G, et al. Gonococcal infections and emergence of gonococcal decreased susceptibility to cephalosporins in France, 2001 to 2012. Euro Surveill. 2014;19(34):20885.
PMID: 25188611

[7] Soge OO, et al. Predominance of High-Level Tetracycline-Resistant Neisseria gonorrhoeae in Kenya: Implications for Global Implementation of Doxycycline Postexposure Prophylaxis for Prevention of Sexually Transmitted Infections. Sex Transm Dis. 2023;50(5):317-319.
PMID: 36842516

[8] Luetkemeyer AF, et al. Postexposure Doxycycline to Prevent Bacterial Sexually Transmitted Infections. N Engl J Med. 2023;388(14):1296-1306.
PMID: 37027185

[9] Victoria TC, et al. Impact of Doxycycline as STI PEP on the Gut Microbiome and Antimicrobial Resistance Gene Expression. Conference on Retroviruses and Opportunistic Infections (CROI); Denver, Colorado, USA, 2024.
https://www.croiconference.org/abstract/impact-of-doxycycline-as-sti-pep-on-the-gut-microbiome-and-antimicrobial-resistance-gene-expression/

[10] Laura H Bachmann, et al. CDC Clinical Guidelines on the Use of Doxycycline Postexposure Prophylaxis for Bacterial Sexually Transmitted Infection Prevention, United States, 2024. MMWR Recomm Rep. 2024;73(2):1-8.
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/73/rr/rr7302a1.htm

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