妊娠中のエムポックス感染:最新の知見と課題

ジャーナルクラブ

先日WHOがエムポックスについて、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)宣言をしたことをお伝えしました(https://infectioninsights.blog/mpox/)。

エムポックスの世界的な感染拡大が続く中、妊婦や授乳中の女性における感染リスクが新たな懸念事項として浮上しています。2024年8月28日にNew England Journal of Medicine(https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2410045)に掲載された論文を基に、妊娠中のサル痘感染に関する最新の知見と今後の課題についてまとめてみました。

エムポックスウイルスの基礎知識

エムポックスウイルスには主にI型とII型の2つのクレードが存在します。I型の致死率は最大10%程度と高く、II型の0-3.6%と比較して注意が必要です。2022年のグローバルな流行の主因はII型クレードでしたが、最近アフリカでI型クレードの新たな変異株(Ib)による感染拡大が確認され、警戒が必要です。現在の主な感染経路は性的接触であり、特にハイリスク群への注意が必要です。

妊婦への影響と垂直感染のリスク

過去の天然痘データから、妊婦の感染は流産、早産、母体死亡のリスクを高めることが示唆されています。エムポックスにおいても同様のリスクが懸念されており、12例の妊婦感染例中6例で胎児死亡が報告されています。さらに、母体から胎児への垂直感染も確認されており、高いウイルス量が胎盤や胎児組織で検出されています。マカク猿を用いた動物実験でも、感染後6-14日で垂直感染が確認されました。授乳を介した感染も報告されていますが、母乳中のウイルス検出については不明な点が多く、さらなる研究が必要です。

予防と治療の現状

オルトポックスウイルス科内では交差免疫がみられるため、WHOは天然痘ワクチン2種類のうちいずれかを接種することを推奨しています。1つ目は改変ワクシニアアンカラワクチン(MVA-BN)、2つ目はLC16m8ワクチン(日本製)です。MVA-BNワクチンは妊婦にも使用可能ですが、有効性の確認には更なる研究が必要です。またLC16m8ワクチンは弱毒ウイルスを含むため妊婦には禁忌です。抗ウイルス薬テコビリマットについては、動物実験では催奇形性は認められていませんが、ヒトでのデータは限られています。米国CDCは妊婦・授乳婦へのテコビリマット使用を推奨していますが、大規模な安全性・有効性データは不足しているのが現状です。

今後の研究課題

妊娠中のエムポックス感染に関しては、まだ多くの未解明な点が残されています。今後の主な研究課題として以下が挙げられます:

  1. 疫学的特徴と伝播様式の解明
  2. 垂直感染のメカニズムと胎児への影響の詳細な検討
  3. ワクチンと抗ウイルス薬の妊婦・授乳婦における安全性・有効性の評価
  4. コミュニティでの啓発と効果的な予防戦略の開発

最後に

妊婦におけるエムポックス感染は重大なリスクをもたらす可能性があります。しかし、現時点では十分なエビデンスが不足しているのが実情です。今後、大規模な臨床研究を通じて、予防・診断・治療に関する知見を蓄積し、エビデンスに基づいたガイドラインの策定が急務となっています。エムポックスと妊娠に関する研究は日々進展しており、この分野の最新の知見を常にアップデートし、患者さんに最善のケアを提供できるよう努める必要があります。

Mpox in Pregnancy — Risks, Vertical Transmission, Prevention, and Treatment. N Engl J Med. 2024 DOI: 10.1056/NEJMp2410045. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2410045

Paediatric, maternal, and congenital mpox: a systematic review and meta-analysis. Lancet Glob Health. 2024 Apr;12(4):e572-e588. doi: 10.1016/S2214-109X(23)00607-1. PMID: 38401556. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2214109X23006071?via%3Dihub

コメント

タイトルとURLをコピーしました